
この社会でやっていけるのか、と子どもを見て思う夜に
── 現場で働く親が考えるインクルーシブ教育と多様性
おはこんばんちわ。MMPP.key-_-bouです。
「インクルーシブ」や「ダイバーシティ=多様性」という言葉を、最初に、耳にした、意識したのは学校ではなく、仕事の現場でした。
研修や制度の説明というよりも、人や組織をどう育て、どう続けていくのか……そんな話の中で、何度も耳にしてきた言葉です。
正直に言うと、最初は「なんてきれいごとなんだろう」と思っていました。
現場はそんなに甘くない。
成果は求められるし、余裕のない時期もある。
理想論だけでは、人も組織も回らないじゃないかぁ~~~
それでも、長く現場にいるうちに、だんだん見えてきたものもありました。
一時的に強いチームより、
壊れにくいチームの方が、結局は成果を出し続けるという現実です。
※仕事内容によるケースバイケースはあります。
無理をして回っている状態は、静かに、でも確実に崩れていきます。
それを、何度も見てきました。
それは、製品だったりサービスの場合もあれば、人が欠けていくといった形です。
だから今は、インクルーシブやダイバーシティは、理想というより「現実的な知恵」だし、活用しだいだなと感じています。
ただ、この話が教育の文脈になると、一人の親として、少し立ち止まってしまう自分もいます。
- 特別支援教育
- 合理的配慮
- 多様性を大切にする学校づくり
頭では理解できます。
でも、ふとこんな不安がよぎります。
「この子は、競争のある社会で本当に大丈夫なんやろか?」
現場で働いているからこそ、社会の厳しさを知っているから、簡単に「大丈夫」とは言えない気がしています。
我が子たちは、特別な診断や配慮が前提になる状況ではありません。
それでも、将来を思うと不安が消えるわけではありません。
甘やかしたいわけじゃないし、かといって、折れてほしくもないです。
この矛盾の中に立っている気がします。
「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」このセリフは、今の時代にもしっくりくるなってしみじみ思っちゃいます。
仕事の現場で多様性や配慮が必要になるのは、人が完璧ではないからです。
- 調子には波がある
- 得意不得意がある
- ライフステージが変化する
これらは、大人になってから突然始まる話ではありません。
子どもだって同じです。
イソップ童話の「アリとキリギリス」を思い出します。
努力や計画性は、たしかに大切です。
でも、もし自分の子どもがキリギリス側だったら?
そのとき、私は
「ちゃんとアリの良いところをみるべきだ」と、言えるでしょうか……。
それと同時に、「アリだけで冬を越せる社会なのか?」、そんな疑問も消えません。
インクルーシブやダイバーシティは、子どもを強くする魔法ではありません。
そうですね「一人で踏ん張らせないための仕組み」に近いような気がしています。
親が全部背負わなくていい。
子どもが一人で耐えなくていい。
そういう前提を、社会の側に少しずつ置いていくための考え方なんだと思います。
この文章が、「どう生きるのか」を考える、小さなきっかけになれれば、いいのになって思ったというお話です。
※この記事を書きながら、
「多様性」を感情ではなく構造として考えたい人には、この本も参考になると思いました。
子どもや教育の話に限らず、仕事や社会の現場で「多様性」が必要になる理由を整理してくれる本です。
読み物としても、楽しめますよ。